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「魔界・魔物」について


b0110639_11565423.jpg魔界とか魔物とよばれる世界は、「低級霊」 と混濁してしまいがちですが、簡単に説明してしまうと 「低級霊より、もっと地獄」 なのです。

低級霊なら、自分が何者かどうしたいかに関しては、我欲が強いために逆にどうしてよいのかわからずに迷いの世界にいます。

低級霊 と違って、「魔物」 の違いは自分はどうしたいのか、なぜここに存在するのかをよく知っています。

「低級霊」を操れるほどのパワーがあるのです。

むしろ低級霊は単純ですからこの「魔」の力には弱く服従して動かされることもあります。

魔界とか魔物」は説得して言うことを聞くような存在ではないのです。
魔には説得は効きません。

低級霊はまだ説得が効きますが、「魔」には心がない、怒りと冷酷な恨みやら、人が知る限りでの「苦が幾重にも無限に合体された世界」が「魔界」という存在です。魔物がときどきそこから顔を出すこともあります。戦争に継ぐ戦争も「魔」の力でもあるのです。


プラスとマイナス、ブラックホールとホワイトホール、天と地のように、両方の存在が必要なところはありますが、「魔」に出る隙を与えないようにしていかなければなりません。

「魔の世界」はその世界でだけおさまっていくべきなのですが、人の心に入り込んで自分たちが操っていこうとする動きも捨てておけません。

人の我欲がいけないのか、人の心を占領しようとする魔がいけないのか・・・・・・・・・・。

どちらも良い訳がありません。人の慢心は恰好の餌食にもなってしまいますから、それに魅入られないようにしていくためには、正しいものと正しくないものを見極めていくこころが働いてくれるだけでいいのです。

心が魔を受け入れないためには簡単なことですが空が青くてきれいだとか、澄んだ空気が心地良く感じられる自分があるだけで充分です。

心が魔を受け入れないためには何の武器も必要としません。





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by shugou110 | 2008-01-28 11:56 | 魔や低級霊

「低級霊」について


日常的なことではないですが、「低級霊、動物霊」といわれたりすることがありますが、我々が思う低級霊の定義は、人は亡くなってから多くの場合はそうですが、順調にいけばまず肉体から霊体が離れます。

肉体から離れた自分が「自分は死んだ」ということを気付いてきます。

気付くと同時に、先に亡くなった人たち(霊)が迎えてくれます。ご先祖父母、友人、守護が共に人生を生き抜いてきたことを心から祝福してくれます。そして霊界といわれる世界に成長した自分が戻っていくのです。

けれども生きているときの自分の思いや我欲が強かったり、人への思いやりももたず、ひたすら自分だけの欲にまみれて、憎しみや妬みなど必要以上に強いままに亡くなってしまうと、体は無くしても、悔しい悲しい憎い欲しい恨みなど思う気持ちが強すぎると、生きたときの思いが残り強すぎるがために、先祖や守護が迎えようとしても霊体が帰るべき世界にも戻れずに、長いこと気付かないでいるうちにレベルの低いマイナスと波長が合ってしまいます。

「何で自分だけが苦労をしなければならないんだ」「自分さえよければ他はどうでもいい」という世界で、俗にいわれる「地獄」です。

自分がどういう姿なのか、愛もわからないし大切にも出来ない。

そして「自分は生きているのか死んでいるのか」 

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それさえもはっきりわからないような世界、そのためにときどき現世の生きている少し落ちこんでまいっている人間の「こころの隙」にはいりこんで悪さをしかけたり、体を自分のものだと勘違いして食べたり飲んだりすることも霊現象にはあるのです。

「低級霊」と呼ばれる世界の(霊)たちは、このようなことを辿っています。

ときには自分の姿がはっきりしませんから、尻尾がはえていたり、目だけがギラギラと光っていたり、動物の姿に化身していたり、いろいろな姿に変化します。


肉体がありませんから思いが姿になってしまいます。生きている私たちの生活でも「あんまり怒ってばかりいると頭から角が生えてしまうよ」とか言われますが、人としての冷静さを失ってしまった状態をあらわすことでもあります。

低級霊はそれだけ自分が何者かなぜこうしているのかさえ見失っている存在でもあるのです。
できたら助けて欲しい、自分の存在を確認したい。そんな気持ちも複雑に入り混じっているから、人を茶化したりする。

本物の動物は素直ですが、人がこころを失ってくると人の姿ではありませんから動物に似せた姿をしてくるのです。

それでも低級霊は自分たちも迷いの中にいますから説得が効くのです。

心の力と、霊的な力と合わせて説得して浄化させていくために時間がかかることもあります。

低級霊といわれるをご紹介してみました





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by shugou110 | 2008-01-28 11:48 | 魔や低級霊

思いやり

電車に乗って座っていると、隣の空いた席に軽く会釈をして座る人もいれば、無遠慮に音をたてるかのように 「ドカッ」 と座る人もいる、笑い話ではないけれど、すごく狭い間にお尻を「ねじこんで」座ってこられる人もいます(笑)

どれがお互いに気持ちよく空間を共有できるかというのは言わずともご承知のとおりですが、人の気持ちというのはその日の状態が微妙に違うものですが、腹が立つことばかりでついつい他人に八つ当たりをしてしまうようなことは多少は経験があるかもしれない。


だからと言って自分と同じように人を傷つけてしまってよいわけがないし、気分がいいはずもない。

仕事で大変な事があったのかもしれないが、お酒に酔いつぶれて、道行く人に 「なんだこの野郎!」 といって絡んでいる姿は情けない。


人のことまで思いやれない日もあるかもしれないが、人に迷惑をかけないことも思いやりです


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by shugou110 | 2008-01-23 12:17 | 生き方について

二重人格?

2人兄弟の30代のお兄さんの方が、弟さんといつも普通に話しているとはじめはごく普通の会話をしているのに、話に夢中になり始めるとものすごく人が変わったようにマシンガンのように一方的に興奮したように話つづけるそうです。 

「いつもの兄は穏やかな話し方で、一方的に人の話を無視するような話をする人ではないのに」ということで、弟さんとご一緒にお兄さん本人もしぶしぶ相談に来られました。

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お兄さんご本人はあまり感じてはいないようですが、表情がない感じです。霊査していくと、うっそうとした暗い雰囲気の森が視えてきて、たくさんの人がその奥に立っている姿が視えるのです。

「暗い森のようなところにいきましたか?」と伺うと「仕事で今度、工事に入る現場を見て回りました」 ということでした。「奥に入っていくときに、いくつかの石を脇にどけたりしましたが・・・・・」

古い話でわかるはずもないかもしれませんが、人が住んでいた頃の墓所であったようです。

いまのような立派な墓石はありません。


知らずに行ったのはやむをえないですが、今後工事に入るときには、清めて入るように話し、この兄についてきた霊たちは自分たちがいることを伝えたくて興奮したように話していたのですが、浄霊しておさまり。その後「穏やかな兄に戻りました」と弟さんからご連絡がありました。



 霊的な影響で人格が変わることもあります。



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by shugou110 | 2008-01-21 18:45 | 霊的な出来事

苦労

どうしてこれほど苦労するのだろうか。

お金の苦労、恋愛の苦労、仕事の苦労、人間関係、友人関係、ご近所づきあいなど、これでもかこれでもかと追いまくられるようなことがあります。

私もいろいろ経験してきましたが、ひとつ通り越えるごとに強くなってくる。

そして乗り越える術を学んでいくことになるのです。
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しかしそんなことに気がつくのは後になってからで、大変な思いをしているときには無我夢中にあれこれと悩みながら、過ぎていく。

生まれながらの宿命は皆違いますが、自分を磨こうという向上心の高い人、目的を持つ人ほど苦労が多いものではないでしょうか。どんな仕事でもそれは同じです。

苦労がなくて「私これでいいのでしょうか」とそれを苦にしている人にも出会ったことがありました。

人生の目的をもって進んでいると、それに対しての苦労はあるでしょうが、苦労はついてまわるものだと涼しい顔でひたすらまっしぐらに頑張っていくことができるものです。




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by shugou110 | 2008-01-21 18:17 | 生き方について

離婚


離婚問題のご相談も増えてきましたが離婚したい理由はいろいろありますが、他人に理由を聞かれたら、性格不一致と、かたずけてしまいますが実際にはそんなに簡単な理由ではないでしょう。
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多くの理由は、精神面で、何か分からないが、行動や言動が気に入らないとか、何気ないしぐさにいらだつ、このような理由から、何もかもが嫌いになりなり始める、主人の欠点(もしくは妻の欠点)が許せない、自分の欠点を無視して相手を攻めていたり・・・・・。

このような場合は霊的な動きがあることもあります。


人の気持ちが変わるときに守護霊も変わっていきます。守護霊は一生同じではなく、生き方に合わせてかわることもあります。

自分の価値観が心身ともにバランスがとれで変化していくと、よりよき守護霊が入れかわるのは当然ですが、物事を前向きに考えられず、落ち込んだりそばにいる人にあたる。


ひどい場合には他人に愚痴を言いはじめて同情を求めて自分を正当化していく。

それがいずれ浮気につながってしまうケースもあります。

こうなれば自分の意識が感情に振りまわされて、おもしろがって近寄る人や霊により気持ちを動かされてしまうのではないでしょうか。





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by shugou110 | 2008-01-17 11:01 | 霊的な精神世界

人間関係


職場でも友人との付き合いでも、人間関係に悩まれて相談に来られる人が目立ちます。

対人関係がスムーズにいかずに、悩まされていたり、

気をつかう煩わしさと一生懸命に対処しているつもりでも、

チグハグな会話になってとまどってしまうこともあるでしょうが、

どう努力しても自分らしさが生かされてこない、

誰のせいでもないし自分が特別嫌われているわけでなくても、

感性とか意識、の世界にかかわりやすい霊的なものが影響していることもあります。

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by shugou110 | 2008-01-16 14:51 | 霊的な出来事

動物霊


動物霊といわれる世界はあるのかといえば、霊界にはあります。

この世に生きていた動物がいく霊界とは全く違います。

動物霊とかキツネ憑きというものが霊的にはあります。b0110639_10574464.jpg

霊視する姿は動物のように牙を持ちギラリと光る鋭い目や、四つ足の犬とも牛とも鳥とも判断できないようなときには角が生えていたりという姿になって現れてくることもあります。次から次に姿を変えてくることもありました。

それが動物自体ではなく、そういう霊を突き詰めて視ていくと、もともとは人間として生きていたのに死んでから、

 「恨み辛み憎しみを深く、そしてまた深く蟻地獄のように、深く入り込んでしまった魂のなれの果て」 のように、自ら感情の世界へそれも憎んだり憎ませたり、

人の心を不幸にして喜んでいるだけの世界(霊界)に入りこんでしまうと、霊的な姿が動物のように化身してしまうこともあるのです。

本当の動物より怖いのは、無邪気さとか純粋さはないのです。

日常でも「怒ってばかりいると目が三角になって、角が生えているようだ」と表現されたりしますが、普通は怒ってもそのいっときですみますし後は笑ったり楽しんだりして過ごせますが、「動物霊」といわれる存在にとり憑かれたりすると目つきや顔つきが極端に鋭くなったり、なかなか手ごわいこともあります。


最近はあまりいわれなくなりましたが、昔からキツネ憑きという言葉がありますが、本当に眼光鋭く、動物的な動きをしたり、跳ねてみたりするような現象を起こすこともありました。

ご本人もかなりつらいのは確かですが、そういうケースも何度か浄霊してきました。


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by shugou110 | 2008-01-15 10:57 | 霊的な出来事

自分に迷わないこと

思うようにことが運ばない、気迫も出ない、精神的な元気が湧いてこない、体が重いから何か霊的なことが関係しているのではないかとか、いろいろな不安があると思います。


それぞれの悩みから生じるものから、霊的な要因が大きくてそうなっている事もあるのですが、自分の立ち位置(精神的な心の立ち位置です)が希薄になってしまい、周囲のさまざまな影響をとても受けやすい状況になりやすくもなるのです。


男性の人の方が人他人にあまり自分のことを話さないで我慢してしまう傾向にあるようです。

そのために以外と気持ちの奥深くが傷つき沈み込んでしまっていることも多いようです。

ときには人を頼ってもよいはずですから自身で迷い込むことなどないように。
  




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by shugou110 | 2008-01-13 11:29 | 生き方について

因縁


因縁といわれることがらは、人それぞれで、先祖からの因縁や本人がもつ因縁まで、様々あります。

先祖が悪いとよく言われますが、誰でも先祖がいるわけで、仮に私は松林ですが、「松林」という姓を名乗られている方たちが、同じ先祖を共有していることも多いはずです。

しかし先祖の中には、山賊や人殺し、武士もいれば、あくどい詐欺師もいたでしょうし、善人だけとは限らない。過去に、もしも先祖にむごい殺されかたをした人は、当然恨みます。

例え亡くなって体はなくても、時間は関係なく恨み続けます。これが子孫の誰かに憑くわけです。

憑かれた子孫は、わけわからず不幸現象を起こされるのです。因縁や不幸を敵にしがちにもなりやすい。けれどもそこに生まれてきたこともすべてにおいて自分自身も関わってのことです。

それでも因縁や不幸を敵にしがちにもなりやすく苦しんでしまう。

そういう事柄の重要なところを霊査してひも解いていくことが能力者としての仕事でもあります。

たとえ因縁がきつくとも先祖の善の部分が、強い力となって守ってくれたケースもあるのです。(大事を小事におさえることにつながるのです)
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by shugou110 | 2008-01-12 09:21 | 霊的な出来事

霊能者 松林秀豪(まつばやし しゅうごう)の日々のブログです。